2011年11月21日 星期一

【 台湾民政府呈明仁天皇陛下書】暨【 台灣民政府祭台灣英靈文】

台湾民政府呈明仁天皇陛下書 
敬愛いたします天皇陛下:
我らは台湾から参りました。今日は戦争法によりアメリカに承認された台湾民政府を代表して天皇陛下の78歳の誕生日を祝賀するために皇居に参りました。心よりこれ以上にない喜びと栄光を感じいります。
 
大清帝国光緒皇帝が明治 28年(1895年)5月8日付け発効の下関条約に従い、台湾を永久的に大日本帝国天皇の領有に割譲を行った後、日本政府は下関条約第5条規定により日本 臣民に志願する台湾住民及びその子孫に対して、昭和12年(1937年)4月1日から皇民化運動を始動させました。8年後の昭和20年(1945年)4月 1日に昭和天皇が頒布した「朝鮮及び台湾住民の国政参与詔書に関する」と「衆議院議員選挙法の法律改正(法律第 34号)」に従い、台湾を万国公法に適用する日本国土の一部として編入し、台湾住民は正当な地位として、日本国籍を有する臣民となりました。 

昭和27年(1952年)4月28日サンフランシスコ講和条約発効、第2条
(b)は日本政府が台湾に対する主権権利を放棄するのみと規定致しました。日本天皇の台湾へ の領有を確保され、日本政府の台湾に対する主権義務の依然保有が確認されておりました。よって台湾住民は依然日本に忠誠すべき、日本国籍を有しておりま す。しかし、それは中国殖民政権の占領によって宙ぶらりんされました。日本政府は昭和 27年(1952年) 8月5日発効の日華和平条約第10条に従い、台湾住民を暫時的に中華民国国民と見なし、台湾住民の日本国籍を取り消しました。よって、日本政府の昭和54 年(1979年)9月29日の日華和平条約の破棄から今日に至るまで、台湾住民の立場はアメリカ控訴裁判所裁判官の判決結果によりますと、法理上無国籍の 政治煉獄に落ち入っております。


天皇陛下の「311」東北関東大震災後に被災者をお見舞いされた仁徳に感動と尊敬の念を禁じ えません。万の民が如何に天皇陛下のために心を一つにして祝福・長寿祈りを捧げでも、人生は結局、形あるものは無いに帰り、それによって限界もあります。 しかし、立徳・立功・立言によってその精神は、永遠不朽に人々によって語り継がれ、いつまでも敬愛の念を忘れることはありません。戦後の平和憲法に制限さ れ、天皇陛下は台湾住民の心から発する声を聞くのみで如何なる言行をなす事ができない状態であったのかもしれません。沈黙を続けられるだけで、無血に煩わ せるような台湾問題を解決するには十分でありましょう、崇高かつ偉大な天皇にあらせられます。


昭和天皇が昭和 20年4月1日に頒布した「朝鮮及び台湾住民の国政参与詔書に関する」と「衆議院議員選挙法の法律改正(法律第34号)」が今日でも台湾住民に適用するこ とを天皇陛下は黙認の形で承認するだけで、2千万の台湾住民を政治煉獄から解放され、日本を再建させ強くなり、さらに千秋万世の大高徳をなされましょう。


台湾民政府は、天皇陛下におかれましては、法理上において日本本土と「一身同体」、同様に皇土である台湾を、どうか、お忘れなさらないようにお願いする次第でございます。天皇、皇后両陛下の健康・長寿・天に並ぶ鴻福をお祈り致します。

天皇陛下万歳。



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靖國慰靈祭
Worshipping at the Yasukuni Shrine
2011年12月21日 Dec. 21, 2011
台灣民政府祭台灣英靈文
Taiwan Civil Government’s Eulog*
In memory of the Taiwanese Spirits


各位靖國神社中的台灣英靈們,安好!吾等是來自台灣之本土台灣人,依國際法所組的台灣民政府代表。

Greetings to all the Spirits of the Taiwanese heroes in the Yasukuni Shrine! We come here today as a group of native Taiwanese people, representing the Taiwan Civil Government, which has been organized under international law.

太平洋戰後,舊金山和約生效 59年來,頭一次有來自故鄉的本土鄉親懷著感恩心情,向諸位台灣英靈感謝、感恩。很抱歉!我們來晚了!

After WWII in the Pacific, from the coming into force of the San Francisco Peace Treaty (SFPT) some 59 years ago, this is the first time that a group of native Taiwanese people have come to the Yasukuni Shrine to give thanks and pay respects to the souls of our Taiwan heroes. We are deeply sorry that we have been so late in coming.

台灣民政府是母國日本被美國征服後,美國當局必須依照戰爭法、萬 國公法和國際自然法規定,比照琉球列島,美國軍政府在日本沖繩被佔領地設立沖繩民政府之模式,由台灣美國軍政府在日本台灣被佔領地設立台灣民政府,本土台 灣人已經在2008年2月2日成立,在美國協助下,2010年7月4日在華盛頓DC設立辦事處,2010年9月8日在華盛頓DC四季飯店舉行慶祝酒 會,2010年11月6日成立台灣民政府內閣與參議院。

After the conquest of Japan by the United States in WWII, under the laws of war, the law of nations, and all relevant international precedent, the US military authorities must make arrangements for establishing a local civil government in Japan’s conquered overseas territories, in a similar fashion to dealing with the Ryukyu Islands. Hence, the Taiwan Civil Government (TCG) announced its establishment on Feb. 2, 2008, and with the help of the US Executive Branch officials then established a Washington D.C. representative office on July 4, 2010.  A celebratory Cocktail Party was held at the Four Seasons Hotel, Washington D.C. on Sept. 8, 2010. Please see our English language website at http://www.civil-taiwan.org/. On Nov. 6, 2010, the appointments to the TCG’s Cabinet and Senate were finalized.  

支那人自昭和二十年十月二十五日正式代替美軍佔領台灣後,台灣人 在支那人威脅利誘下,歷經六十六年支那文化洗腦,讓台灣人一代不如一代,現在已不再有如諸位忠勇為國犧牲之精神。台灣人目前在國際法理上,是無國籍之民, 無效忠之對象,事實上,也不知應為何而戰?為誰而戰?台灣民政府是來靖國神社參拜,尋回昔時台灣人原本具有的台灣魂。

From Oct. 25, 1945, when the Chinese began the military occupation of Taiwan on behalf of the USA, the native Taiwanese have endured 66 years of cultural brainwashing, and their native character has diminished generation by generation, with the result that there are no brave persons in Taiwan today who can compare with the Taiwanese heroes in the Yasukuni Shrine. At present under international law, the ROC is an exiled regime, the native Taiwanese are stateless, which means without a country to which to give allegiance. If there were to be war in Southeast Asia, for what reasons should the native Taiwanese fight?  For whom should they fight? Today, the native Taiwanese have come to the Yasukuni Shrine to recover their original purpose for existence, and their souls. 

與諸位同樣具忠勇精神,太平洋戰爭之交戰結束後,倖存之台灣裔日 本兵,還有昭和二十一年起,被支那政府非法派往支那,參與國共內戰陣亡者,或在昭和二十二年,爆發台灣二二八事件中,被支那軍殺害之台灣精英,或在昭和二 十五年間,爆發之朝鮮戰爭中,為抗美援朝陣亡者,與這些人無辜被屠殺台灣人相比較,諸位是為母國日本犧牲生命,被有尊嚴地供奉於靖國神社永祀,實為無上之 幸福與光榮。

We remember all of the brave spirits who died for the Japanese motherland and have been placed here in the Yasukuni Shrine. Indeed, we can say that their memories are held in honor. In the Fall of 1945, after the conclusion of hostilities in the Pacific War, many native Taiwanese soldiers (of Japanese nationality) were sent to China by the ROC regime to fight in the Chinese civil war, in violation of the international norms regarding the treatment of persons in occupied territory.  Then, in 1947, the 228 Incident erupted in occupied Taiwan, and thousands of native Taiwanese were slaughtered. Others died in the fighting in the Korean War, beginning in 1950. These were all innocent victims of the ROC regime’s governance of Taiwan, and we were further saddened by their passing.

裕仁天皇感念諸位的犧牲,於昭和二十年四月一日頒布詔書,賦予吾等台灣住民參政權,讓台灣得以從日本之殖民地,變成日本之國土一部份,因此諸位的犧牲是重如泰山。台灣民政府除了再次向諸位英靈致謝外,也懇請諸位台灣英靈發揮神力,冥助台灣民政府,早日實現台灣地位正常化。

Emperor Hirohito was deeply moved by the sacrifices and suffering which you endured, and on April 1, 1945, he issued an Imperial Rescript, which raised Taiwan’s position from the status of colony to fully incorporated national territory.  He granted political rights to native Taiwanese persons, and thus recognized the great contributions which native Taiwanese people have made to the motherland of Japan. The TCG also acknowledges your great contributions, and prays that you will use your spiritual power to assist us, so that we can achieve the normalization of Taiwan’s legal status at an early date.

台灣民政府主席 曾根憲昭

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台灣民政府靖國慰靈祭
TCG Worshipping the Yasukuni Jinja
平成23年12月21日
祭文
靖国神社に合祀されている先祖英霊の皆様、我々は台湾民政府の代 表であります。大東亞戦争後、サンフランシスコ和平条約発効から既に59年経った今、初めて故郷台湾から感恩の心を抱いて、先祖英霊の皆様を参拝し、我々 の感謝と敬意を表します。遅すぎた参拝でした。 悔やまれてなりません。

終戦後、台湾においては、連合国最高司令官により、当時の中華民国軍が台湾の日本軍の降伏武装解除を命令されました。これを中華民国が拡大解釈して、台湾は日本から中華民国に返還されたと思い込み、そのまま台湾を占拠してしまいました。

その後、我々台湾人は228事件の大虐殺に遭遇し、10万以上の精鋭と其の家族が貴重な生命を失いました。その後も38年間の戒厳令実施で政治的煉獄の中で生活してきました。

母国日本は1952年、講和条約発効後、独立国家として主権を回復しましたが、台湾の法的地位は未定のまま、亡命政府となった中華民国に不法占領されています。

そこで、台湾民政府は、母国日本が米国に占領された後、米国軍事政府が占領地沖縄で.国際戦争法、万国公法、及び国際自然法の規定に基づいて琉球列島に沖縄民政府を設立した模式と同様に、占領地台湾にも、台湾民政府を設立させ公表すべきであると考えます。

我々本土台湾人は、既に2008年2月2日、「台湾民政府」を成 立させ、米政府協力の下、2010年7月4日、ワシントンDCに代表処を設置し、同年9月8日、ワシントンDCの FourSeasonsホテルで祝賀会を開催、更に同年11月6日に、台湾民政府内閣を結成、参議院も成立させました。

然し、今の台湾人は不幸にして、亡命政権から65年間支那文化で洗脳され、代々堕落してしまい昔の先祖のような、国の為忠誠を尽くす立派な犠牲精神は失われました。

我々台湾人は日本の戦後以来、法理上、無国籍の民であり、忠誠を尽くす対象がないにも拘らず、亡命支那政権に強制徴兵され、一体何の為、又誰の為に戦うのか皆目判りません。

台湾民政府は過去先祖台湾人の精神を求めると共に、国の為に倒れ護国の神となられた同胞の慰霊の為に靖国神社参拝に参りました。

先帝陛下は、昭和二十年四月一日の詔書で、我々台湾住民に参政権を賦与し、台湾は日本の殖民地から晴れて日本国土の一部となりました。これも、先祖英霊の犠牲の賜物であります。

思えば昭和十六年十二月、祖国日本は自存自衛の為に米英と開戦せ ざるを得なくなりました。我々の台湾でも多くの若者が、高砂報国隊、高砂義勇隊、陸軍志願兵、海軍志願兵、海軍少年工員、従軍看護婦として志願しました。 敗戦の混乱により、資料が限られ、今もその正確な数字はつかめていないようですが、靖国神社には台湾出身者三万九千一百柱が、二百四十六万余の御祭神とと もに祀られています。

台湾民政府は、ここに先祖の英霊の慰霊と感謝の為にまた、我々台湾民政府が一日も早く台湾の地位正常化を実現させることができるよう、そのご加護をお願いに参りました。
台湾と日本が世界の平和に貢献できますよう祈りを捧げます。

台湾民政府 主   席  曽根憲昭
台湾民政府 副主席  蔡 明法
台湾民政府 副主席  陳 兆民
台湾民政府 副主席  黃 慶林
台湾民政府 副主席  潘 良華
台湾民政府 國務總理   蔡 吉源
台湾民政府 參議院議長  張 文彥
台湾民政府 司法法務院  林 永承
台湾民政府國安參謀室   林 志昇
台湾民政府 六大州州長    伍 捻田林義憲、何嘉雄、鄭智仁、
     黃文根、曾勁元、林 長吉

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